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2008年6月15日 陸中・陸奥國の旅 16 えさし藤原の郷 2008年6月15日 陸中・陸奥國の旅 16 えさし藤原の郷 ((足跡)) 1.霜後滝 → 2.三嶋神社 → 3.旧観自在王院庭園跡 → 4.源義経妻子墓所 → 5.毛越寺 → 6.伽羅御所跡 → 7.無量光院跡 → 8.高舘義経堂 → 9.武蔵坊弁慶墓 → 10.中尊寺 → 11.陸中國一之宮駒形神社 → 12.上伊沢代官所跡・大日堂 → 13.胆沢城跡および鎮守府八幡宮 → 14.えさし 藤原の郷 → 15.盛岡城 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ この近くには奥州藤原氏三代目秀衡の豊田館があったらしい。かなりの勢力だったんだな。その、ちかくに歴史公園えさし藤原の郷がある。 元々、平成五年の大河ドラマ「炎立つ」のロケのために作られたものらしいが、水沢地区を攻めた後に行ってみた。 まあ、小学校や老人会の遠足などにはなかなかいいところだと思う。 というわけで、中の写真を披露。 1.古い時代の政庁(8・9世紀ごろのまだ東北地方の全土が掌握
岩手県奥州市江刺区〜えさし藤原の郷〜後編 藤原清衡時代(清衡館・豊田館) 藤原経清の息子、奥州藤原氏初代・清衡が、後三年の役で異父弟である清原家衡の攻撃を受けて、妻子共々焼失させられた、豊田館を再建したものです。清衡は、平泉に移り住むまで、このような住居で過ごしたと考えられています。南向きの寝殿(主屋)を中心に、東・西・北の3棟の対屋(副屋)を廊下で結ぶ構成になっています。 清衡館 【寝殿&東の対】 清衡館 【西の対(左奥)&寝殿】 寝殿内部 寝殿後の建築群 【北の対より】 清衡館 【宿直(左)&馬屋(場舎) 】 控えの武士がいる場所と、馬を飼育している場所です。 南門 藤原秀衡時代(伽羅御所) 奥州藤原氏三代の秀衡の居館であった伽羅御所を想定しています。平安時代の華麗さを良く伝える寝殿造様式であり、建物は寝殿を中心に対屋、中門(ちゅうもん)、釣殿(つりどの)、蔵人所(くろうどどころ)、料理所、侍廊(さむらいろう)をそれぞれ廊下でつなぐ形で配置。庭園も整備され、非常に美しい雰囲気です。なお、伽羅御所は平泉にあったと考えられています
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